1. 病気の概要
- 扁平上皮癌(へんぺいじょうひがん、SCC)は、皮膚や口腔、鼻、外耳道、陰茎、爪床などの上皮細胞から発生する悪性腫瘍です。
- 多くは皮膚・粘膜の紫外線暴露部位(鼻鏡・耳・腹部など)や慢性炎症部位(口内炎・歯肉炎など)に発生します。
- 局所で強く破壊的に浸潤する一方で、転移は比較的遅いのが特徴です。ただし、口腔内・舌・扁桃型は早期にリンパ節・肺へ転移することがあります。
- 進行すると、痛み・出血・感染を伴い、生活の質(QOL)を大きく損ねます。
2. 症状
発生部位によって見え方・症状が異なります。
- 皮膚型:
- 鼻、耳、腹部、脚などに潰瘍状のしこり。治らないカサブタや出血を繰り返す。
- 表面が硬く、触ると痛みがある。
- 口腔型:
- 歯ぐきや舌、頬の内側に腫れや出血。口臭・流涎・食べづらさ。
- 顎骨への浸潤が多く、顔の変形が起こることも。
- 爪床型:
- 爪の根元の腫れ・出血・爪の脱落。歩行痛。
- 扁桃型(悪性度高):
- 扁桃に腫大・出血。早期にリンパ節・肺へ転移しやすい。
3. 診断
- 細胞診/組織生検(病理診断):確定診断には必須。腫瘍細胞の角化や異型性を確認。
- 画像検査(X線・CT・超音波):
- 骨浸潤(特に顎骨・鼻骨)を評価。
- リンパ節転移や肺転移の有無を確認。
- ステージング:
- 腫瘍のサイズ・部位・転移の有無で予後を分類し、治療方針を立てます。
4. 治療方法
① 外科手術
- 第一選択は「完全切除」。
- 皮膚型では**広いマージン(2〜3 cm)**での切除を目指します。
- 顎・口腔型では、顎骨切除(下顎/上顎)を伴うことが多いです。
- ただし部位によっては機能障害が大きく、完全切除が難しいこともあります。
② 放射線治療(詳細)
● 目的
- 根治目的(早期SCC)
- 局所制御・再発抑制(術後)
- 緩和目的(切除不能例の疼痛・出血コントロール)
● 適応部位
- 口腔内、鼻腔、耳介、皮膚(顔・頭部)、断端陽性例など。
● 治療の種類
- 根治照射(Curative):
- 小型・早期・局所型の腫瘍に対して週2〜3回×4〜5週(計15〜20回)を照射。
- 1回線量は3〜4 Gy前後。合計45〜60 Gyを目安に。
- 腫瘍制御率は皮膚型で約80%、口腔型で50〜60%程度。
- 術後補助照射(Adjuvant):
- 切除断端陽性またはマージン不十分な場合に追加。
- 残存細胞の再発抑制効果が期待できる。
- 緩和照射(Palliative):
- 切除不能例、転移例、または全身状態により強度治療が困難なケース。
- 週1回×4〜6回、1回あたり6〜8 Gy程度で疼痛・出血・臭気を軽減。
- 数週間〜数か月のQOL改善が見込まれます。
● 副作用
- 急性期:皮膚発赤・口内炎・唾液増加など。通常1〜2週で軽快。
- 晩期:被毛脱落・色素沈着・口腔粘膜の硬化など。
- 放射線野を限定することで、これらのリスクを最小化できます。
● 併用療法
- 手術+放射線で局所制御率を大幅に改善。
- **放射線+NSAIDs(ピロキシカム等)**は抗腫瘍効果を補強。
- 高額治療ではありますが、「痛みなく長く生活する」という目的においては極めて有用です。
③ 薬物療法
- 抗炎症薬(NSAIDs):ピロキシカム・メロキシカムなどに抗腫瘍作用が報告されています。
- 化学療法:シスプラチン・カルボプラチン・ドキソルビシンなど。反応率は20〜30%と限定的。
- 免疫療法/分子標的治療:臨床研究段階。扁平上皮癌特異的な分子標的薬は犬では未確立。
5. 予後
- 皮膚型SCC:完全切除で1年以上の生存も多く、局所制御ができれば予後良好。
- 口腔型・扁桃型SCC:浸潤・転移が早く、平均生存期間は6〜12か月程度。
- 放射線+NSAIDs併用では局所制御期間の延長が見られます。
6. 術後・治療後フォロー
- 3か月ごとの再発・転移チェック(触診・画像検査)。
- 口腔内・鼻腔型では再発が早いため、最初の半年は1〜2か月ごとの確認が理想。
- 放射線後は皮膚炎や口内炎の管理を丁寧に行う。
- NSAIDsを継続投与する場合は腎・消化管モニタリングを忘れずに。
7. よくある質問(Q&A)
Q1:このがんはうつりますか?
A1:いいえ、感染性はありません。体質・年齢・紫外線などが関与します。
Q2:放射線治療は苦しくない?
A2:1回10〜20分程度で痛みはなく、全身麻酔下で安全に行います。副作用は一時的な皮膚炎・口内炎程度が多いです。
Q3:抗がん剤は必要ですか?
A3:SCCでは抗がん剤単独での効果は限定的です。外科・放射線・NSAIDsの併用が基本になります。
Q4:どのくらい生きられますか?
A4:完全切除できた皮膚型では1年以上。口腔型でも放射線を併用すれば6か月〜1年、延命が期待できます。
Q5:治療費は?
A5:手術のみで数十万円、放射線を含めると50万円程度が一般的な目安です。
8. 飼い主様へのメッセージ
- 扁平上皮癌は「局所でじわじわ壊していくがん」です。
- 進行が遅い場合もありますが、放置すると痛み・感染・出血で生活が苦しくなります。
- 「完全切除」か「放射線でコントロール」かを、部位と生活の質を見ながら決めていきましょう。
- 放射線治療は苦しみを減らしながら時間を伸ばす強力な武器です。
- あきらめず、治療の目的を明確に持って取り組むことが大切です。