1. 病気の概要
- **肥満細胞腫(Mast Cell Tumor; MCT)**は、免疫反応に関わる「肥満細胞」が腫瘍化したものです。
- 犬では最も多い皮膚の悪性腫瘍の一つです。
- 外見は「小さなイボ」から「急に大きくなるしこり」までさまざまで、見た目では良性・悪性を区別できません。
- 腫瘍細胞からヒスタミンなどの物質が放出されるため、炎症・腫れ・かゆみ・胃腸障害を起こすことがあります。
2. 症状
- 皮膚や皮下にしこり(体のどの部位にもできる)
- 大きくなったり、小さくなったりを繰り返す
- 赤くなったり、かゆみや痛みを伴うことがある
- 嘔吐や食欲不振(ヒスタミンの影響で胃潰瘍を起こすことがある)
- 進行するとリンパ節や脾臓・肝臓・骨髄に転移することもある
3. 診断方法
- 細胞診(FNA)
- 針でしこりの細胞を取って顕微鏡で確認。
- 肥満細胞腫は細胞診で高確率に診断可能です。
- 組織診(生検または切除後)
- グレード(悪性度)判定に必須。
- 「低グレード(分化型)」と「高グレード(未分化型)」で治療方針が大きく異なります。
- 画像検査(X線・超音波・CT)
- 転移の有無を確認。特にリンパ節・脾臓・肝臓が重要。
- 血液検査
- 貧血や肝酵素、胃潰瘍の有無をチェック。
4. 治療方法
外科手術
- 最も重要な治療法です。
- 腫瘍の周囲に十分なマージン(通常2〜3cm+筋膜1層)を取って切除することが基本。
- **完全切除(マージン陰性)**ができれば再発率は低くなります。
- 手術が難しい部位(顔・四肢など)は放射線治療や薬物療法を組み合わせます。
放射線治療
- 不完全切除後や再発例に有効。
- 根治を目指す場合や、手術が難しい部位で局所制御に使われます。
化学療法・分子標的治療
- 高グレード腫瘍や転移例では薬物治療を併用します。
- 使用薬:
- ビンブラスチン+プレドニゾロン(古典的プロトコル)
- ロムスチン(CCNU)(再発例に)
- トセラニブ(パラディア)・マシチニブ(キナベット)(c-kit変異例に特に有効)
- ステロイド(プレドニゾロン)は腫瘍縮小効果と抗ヒスタミン作用を持ちます。
補助療法
- **抗ヒスタミン薬(ファモチジン、シメチジン、フェキソフェナジンなど)**で胃腸障害を防止。
- 制酸薬や保護剤を併用して胃潰瘍を防ぐ。
5. 予後の目安
- 予後は病理学的グレードと切除の完全性で大きく変わります。
タイプ | 特徴 | 平均生存期間 |
---|---|---|
低グレード(分化型) | 局所的で転移しにくい | 数年〜完治もあり |
高グレード(未分化型) | 再発・転移しやすい | 数ヶ月〜1年程度 |
c-kit変異陽性 | 分子標的薬で制御可能な場合あり | 数ヶ月〜数年と幅がある |
- リンパ節・内臓転移がある場合は予後が短くなりますが、治療により長期管理も可能です。
6. 術後フォロー
- 最初の1年は2〜3か月ごとに再診(触診+画像+血液検査)
- 再発リスクが高い場合は放射線や分子標的薬による維持療法を検討
- 飼い主が自宅でできる観察:
- 新しいしこりのチェック
- しこりの大きさ・色・形の変化を記録
- 嘔吐や元気の低下がないか確認
7. よくある質問(Q&A)
Q1:見た目が小さいしこりでも危険ですか?
A1:はい。肥満細胞腫は見た目と悪性度が一致しません。小さくても悪性のことがあります。
Q2:切ったら広がると聞きましたが?
A2:誤解です。適切なマージンで手術すれば、拡がるのを防ぐことができます。 ただし、摘出操作で腫瘍が破裂すると局所再発リスクは上がります。
Q3:薬で治りますか?
A3:完全に治すのは難しいですが、分子標的薬や抗がん剤で長期的にコントロールできる場合があります。
Q4:再発したらどうなりますか?
A4:放射線治療や薬物治療を組み合わせることで、再び安定させることができます。諦める必要はありません。
Q5:他の犬にうつりますか?
A5:いいえ。感染性はありません。
8. 飼い主様へのメッセージ
- 肥満細胞腫は「多様な顔を持つ腫瘍」です。小さなものでも慎重に扱う必要があります。
- 早期発見・完全切除が最も効果的な治療です。
- グレードや遺伝子検査の結果に基づき、放射線・化学療法・分子標的薬を組み合わせて治療します。
- 再発しても、治療法の選択肢は豊富です。焦らず、段階的に治療方針を立てましょう。